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主にネタばれ感想を呟いてます。

「イグアナの娘」の感想

 最近、萩尾望都さんが文化功労者になられたと聞いて、数年前にTwitterイグアナの娘の感想を書くと呟いたことを思い出しまして。
なので、今回はちょっとだけ萩尾望都さんの「イグアナの娘」の感想を呟きたいと思います。

昔読んだっきりなので曖昧なところはあるんですが、それでも語らせていただきます。

 

 私の母が割と漫画好きだったこともあり、萩尾望都さんや山岸涼子さん等のコミックが家に置いてあって、幼少の頃から彼女らの漫画に親しんでいました。
その中でも私は山岸涼子さんが好きでして、特に彼女の描く短編は、心理描写が鋭くてごまかしも一切無く、描いてる本人すら心が傷ついたのでは?と思う程容赦の無いところがあり、読む度に衝撃を受けてました。

 

 一方で萩尾望都さんの作品も、ポーの一族やアロイス、半神やトーマの心臓等いくつか読んでいたのですが、感想としては「あまり深くない話を綺麗なタッチで深く見せるタイプの漫画家さん」という、大変失礼な印象を抱いていました(ごめんなさい)

 

 ですが、これらの後に発表された「イグアナの娘」を読んだ時、山岸涼子さんの漫画を読んだ時と同じ衝撃を受けたのです。
彼女にしては珍しくシリアスでも詩的でもない軽いタッチで描かれた漫画だったのですが、だからこそ心に沁みました。

 

 この漫画の主人公のリカは「自分の姿がイグアナに見える女の子」という奇抜な設定なのですが、その理由として妹のマミばかり可愛がり、リカには意地悪く接する母親のゆりこの存在があります。
長女のリカが(何故か)イグアナに見えるゆりこは、自分の子供だと認めたくないという気持ちが強く、一方で可愛らしい人の子である次女のマミは彼女にとって初めての子供という気持ちがあり。
結果、ゆりこはマミにはたくさんの愛情を注ぎ、リカには何かと厳しく辛くあたるという差別を生み出します。
そんな中で、母が自分をイグアナだと思っていることを知ったリカは、自身をイグアナとして認識するようになったんですね。

 その認識は大人になっても変わりませんでしたが、大学で知り合った牛に見える男性と結婚して母親と物理的に離れるようになってからは、この複雑な問題は一旦沈静化したように見えました。

 

 しかし、やがて旦那さんとの間に子供が生まれると、リカは自分の赤ちゃんが牛でもイグアナでもなく「人間」に見えることに混乱し、「異形」である子供に全く愛情を抱けない己に絶望して、嘆き悲しみます。

 

 そんな折、突然ゆりこの訃報が入り、内心それを悲しいと思えなくても義務感で里帰りをすることになりますが、お通夜にゆりこの顔にかけられた白い布をとってみると、リカは驚愕します。

 

何故なら、母の顔がイグアナに変わっていたからです。

 

取り乱した主人公が「私とそっくり!」と言うと、そばにいた親戚に「そうよ、昔からリカちゃんは母親似って言われてたんだから」と返され、その言葉に呆然とします。

 

 その夜、リカは人間の男に恋をしたイグアナの夢を見るのですが、そのイグアナが母のゆりこだと確信します。
恋心を募らせたイグアナは、魔法使いに頼んで人間にしてもらうことになるのですが、その時に「正体がイグアナだとバレたらフラれちゃうから気を付けて」と忠告されます。

 

それを見たリカは、今まで母が自分に対して冷たかったのは、イグアナの自分が生まれたことで、彼女の夫(リカの父親)に正体がバレるのが怖かったからなんだと合点がいき、子供の自分を愛せなくて母も苦しくて辛かったのだと、初めて母親を理解できた(ように思った)のです。
リカはその瞬間、「お母さん!」と叫んで目を覚まし、涙をぽろぽろと流します。

 

 そのシーンで、私も思わず涙が出てしまいました。
リカのその時の心情がとても理解できたように感じたからです。

 

 リカは今まで許せなかった母親を、夢を見ることで赦すことに成功したんだと思います。

 

心の中で、幼少の頃から受けてきた仕打ちへの怒りと諦めが大きく膨れ上がってしまい、母親を愛したい、愛されたいという気持ちは心の奥底でペシャンコになってしまって。

妹や旦那さんなど、協力してくれる人達の愛で埋め合わせができたように思えても。
自分が母親になって「人間」である我が子を愛せないことに気付いた時、リカは自分が母ゆりこと同じ道を辿りつつあることを感じ始めていたのかも。

 

 だからこそ、お通夜ではゆりこの顔が自分と同じイグアナに見えて。
きっと嫌悪し続けることに疲れていたリカは、亡くなったゆりこを見て初めて親近感を覚え、同時に母から愛情を貰うという僅かな希望が絶たれたのを実感し、自分で自分を癒して解放しようと、イグアナの夢を無意識に作り出したんだと解釈しました。

 

そうしてわだかまりの無くなったリカは、母ゆりこを反面教師として我が子と上手く接することができるようになったんだと思います。

 

 ちなみに、人種差別を扱った映画「アメリカンヒストリーX」のエンドロールで、「怒りは大きすぎて抱えきれるものじゃないから手放した方が良い」というようなフレーズが流れます。
まさにその通りだなと思うし、この「イグアナの娘」もそういう考えの元で作られたのかもしれないなと思いました。
勿論、実際は大きな怒りや憎しみを手放すのは非常に難しいことであるというのは分かってるんですけど…。

 

 この作品は実写ドラマ化されたので(私は観てないです)ドラマの方で知名度が高い可能性があるのですが、もし「ドラマ版しか観ていない」という人がいれば、原作の漫画も読んでみて欲しいなと思います。

 

 ということで、私はこの作品で萩尾望都さんのイメージが変わったのですが、でもやっぱりこの方の漫画は「イグアナの娘」のように今時の軽いタッチで描いた方が好みだな、と思います。
シリアスタッチな作品は私にはちょっと合わないかもしれない…。