こつぶがゴロゴロ。

主にネタばれ感想を呟いてます。

「灼熱の魂」の感想

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もっと複雑な印にした方が良かったのでは…。


 アカデミー賞の外国語部門にノミネートされた映画。
レバノン内戦を扱っていますが、テンポ良い構成で話を展開させているので、重い内容の割にはどよ~んとした気持ちにはならないのが良い感じでした。


 カナダで育った双子のジャンヌとシモンは、母ナワルの遺言で「ジャンヌは父を、シモンは兄を探し出し、私の書いた手紙を渡すように」と頼まれます。
そして、葬儀では祈りの言葉は必要ない、遺体を世の中に背を向けるようにうつ伏せにし棺桶に収め、約束が守られぬのなら墓石を置かず墓碑銘も刻むなという、奇妙な注文も付けられます。
子供達にとってナワルは昔から変わった(おかしな)母親であり、さらに遺言書で「子供時代のあなた達(双子)は私の喉元を突くナイフだった」という不穏な言葉を残されたものだから、弟のシモンは怒りMAXです。
 さっさと普通の葬儀をして肩の荷をおろそうと言うシモンを後目に、姉のジャンヌはモヤモヤした気持ちを清算する為、母の故郷であるレバノンへと旅立つのですが、父と兄の手がかりを探っていく内に、母の壮絶な過去が浮き彫りになっていく…というあらすじです。

 

 物語は現代と過去を行き来する構成になっているのですが、過去のパートは内戦ががっつり絡んでくるので、閉塞感を覚えるような描写が集中しています。

それを軽減する役割を担っているのが現代のパートで、こちらには姉弟が現在の父と兄の痕跡を辿るという謎解き要素を組み込んでいる為、重苦しい過去編を謎解きのヒントとして観ることを上手く促しています。

 そして父と兄の行方が分かった時、母の死の原因となった理由が分かるのですが、その事実はなかなか衝撃的なものなのです。

 

 なんですが、衝撃の事実の伏線のいくつかには少しぎこちなさを感じられた部分もあり、もうちょっと自然に描写されてたらなあ、とも思いました。

 例えば、作中に何度か出てくる「1+1=」という台詞。
ジャンヌが衝撃の事実に気付くシーンでシモンがそれを言い出したもんだから、「ここで言わせるのか…」とちょっと興ざめに似た気持ちになりました。
 この台詞って、他の人が言うのなら分かるんですが、当事者のシモンが言うと回りくどく聞こえるんです。
なんというか、脚本家の「名台詞を生み出したい」という意図をシモンが汲んで発言したような、そんな不自然さです。
まあ、それはシモンのキャラクターを壊す程のものではないので問題はないのですが、ちょっと気になったところでした。

 

 というように、強引さを感じるところもあるんですけど、それらに目を瞑るほどの価値はある映画だと思うのでオススメです。

レバノン内戦の概要を知ることもできますから。

個人的にも勉強になったので良かったです。

 


ここからはネタばれ感想。

 

 序盤の双子の態度を見るに、ナワルは双子に複雑な心情を持つが故に、彼らを素直に可愛がることができなかったのだと思われます。
時には憎い拷問人の面影をシモンに見て、感情を爆発させたことがあったのかも。
あの男の子供達というおぞましさもあって、どうすればよいのか分からないという心境で苦しみ続けてたのでしょう。
カナダで平和な日々を過ごしていても、彼女の魂は拷問人への怒りで燃え続けていたのだと思います。

 

 そんな彼女ですが、プールサイドで事実を知った後に、弁護士を通してニハドと双子に手紙を書きます。
彼女の死後に弁護士から双子へ手渡されるように手配したものの、まず姉弟がニハドへ2通の手紙を届けないと、彼らへの手紙の開封は許されないという、もって回ったような条件も付けました。

 

 メタ視点で考えれば、「真実を伝えるのにこんな回りくどいことをさせるなんてありえない。衝撃の事実の整合性の為に無理な理由付けをし過ぎ」となるのですが、あえて映画を好意的に考えてみると、ナワルは事実を知った後でも、ニハドと双子を赦すことができなかった為に、こんな方法をとったのではないかと思いました。

 

 彼女の遺言は、ニハドや双子に手紙が渡らなかった時の自身の処遇も書いていて、約束を守れない者に墓碑銘を刻む資格はないと記していました。
「約束」とはニハドを探し出すこと、何があっても愛すること。
「守れない者」はナワル自身のこと。

 

そして、ラストで渡された姉弟への手紙の内容は「あなた達のお蔭で約束は守られ、怒りの連鎖を断ち切ってくれた」という、完全に双子の行動頼りだった書き方です。
「怒りの連鎖」とは、ニハド⇄ナワルの怒りと、ナワル⇄双子の怒りのことだと思います。

 

 これらから察するに、ナワルにとっても姉弟が遺言通りに行動してくれるかどうかは大きな賭けだったのでしょう。
それでも、双子が自分(ナワル)への怒りやわだかまりを抑え、父と兄探しを行うことで約束を成就させたなら、自分と子供の間にある怒りの連鎖を断ち切ることになると考えたのではないかと。

 

 つまり、ニハドと双子に向けた愛の手紙は、ナワルが生前からそう思っていたのではなく、「遺言が果たされたら私はこの子達を心から愛せるはずだ」という、希望的観測だったんじゃないかと思いました。

ということで、双子のお蔭でナワルの遺言が果たされたことにより、死してなお灼熱だった彼女の魂はようやく鎮火。

なので、あの世にいるナワルは双子とニハドの誠意を見ることができて、3人の子供を心から愛することができるようになっただろうな、と考えています。

 

…我ながらちょっと微妙な解釈だけど、まあいいか。