こつぶがゴロゴロ。

主にネタばれ感想を呟いてます。

ミリオンダラー・ベイビー

クリント・イーストウッド監督の凄さを初めて知った映画。

そしてアメリカを少しだけ見直したものでもあります。

この映画を一言で表現すると、「優しい」ですね。

物語の視点が、とても暖かい。

優しくて暖かいといっても、たまたまTVでクローズアップされた一部の不幸な人たちに、その場限りの同情をするようなものではなく、全ての不幸な人たちをいつも静かに見つめてくれているような、理解しようとしてくれるような。

そんな優しさに溢れてます。

だからこの映画を観終えた時、希望の光で心が照らされたような気持ちになったのです。

 経営難に苦しむトレーナーのフランキーと30歳を過ぎた貧乏娘のマギーの物語は、前半はサクセスストーリーとして展開していきますが、後半になると一転して非常に重苦しい展開となります。

といっても話の趣が急に方向転換したわけでなく、ちゃんと前半のストーリーにも後半の伏線は張られています。

フランキーと娘の確執、マギーと家族の確執、フランキーと教会、マギーの父親と犬の話、ボクシングの厳しいルール、アイルランド語の「モ・クシュラ」、檸檬パイ…。

これらが、後々の重大な決断の材料となっていくのです。

 後半では、マギーと家族の間に決定的な亀裂が走るという、ある重大なシーンがあります。

その中で、マギーになじられた家族が、喚くでもなく弁護士に悲しみを訴えるわけでもなく、ただ嗚咽をもらして去っていく姿は衝撃的でした。

彼女達はおそらく、日頃から漠然と自覚していた自分達の非常識さをマギーに指摘され、ハっとさせられたのだと思います。

この家族は世間から見れば本当にロクでもないし、マギーに対しても非情です。

でも恐らく家族にとっては、それが常識…彼らなりのルールで動いた結果だったのだろうと思います。

劣悪な環境は、どんな人の心でも徐々に蝕んでいきます。

そんな中で培われた常識は、一般社会では白い目で見られるものでも、劣悪な環境の中では彼らを守ってくれる最善のものなのでしょう。

マギーは早い時期に劣悪な環境から逃げて働き出したから、まともな社会感覚を身に着けることが出来たのかも。

もしかしたら、家族と離れて世間で活動していくうちに、故郷と世間の価値観のギャップに戸惑い、悩んでいたのかもしれません。

マギーが客の残した肉をアルミホイルに包んで持ち帰って、客が齧った箇所を捨ててそれ以外の部分を食べるというシーンに、かろうじて世間の常識を意識したのが垣間見える…と思うのは、ちょっと考えすぎかな?

とにかく、そういった人物の機敏をさり気なくシーンに盛り込むのが、この映画、本当に上手い。

例え監督にその気はなくても、これって常日頃から人をよく見てないと描けないことだと思います。

ああいう家族や環境を目にしなければ、あの表現は絶対出来ないはずだもの。

こういうのって、貧富の差と人種差別が常に社会問題として取り上げられて、人々に関心を向けさせてるアメリカだからこそ撮れたものじゃないかと思います。

そして、ここからはネタばれ感想。

 誇りを持ってるうちに死にたいと尊厳死を選択したマギーですが、彼女も家族が来るまでは、ちゃんと生きる意志を持っていたように見えます。

もし家族がマギーのことを解ってやる努力をしてれば、彼女はボクシングとは別の人生を歩もうとしたのではないでしょうか。

それなのに、家族にも自分を理解してもらえなかったマギーは、どんどん気力を失い、さらに足も失い、大事なものを次々に失くしてしまうことに耐えられなくなり、過去の栄光(ボクサー時代)に縋りつつ、それを「父親と犬」の話にからめ、尊厳死を希望したのだと思います。

そしてフランキーにそれを頼んだのは、彼女の精一杯のワガママ。

他人が扱うにはとても重くて難しい「尊厳死」という決断を、あえてフランキーに頼んだということは、彼に自分の父親になって欲しいという、切なる想いがあったからだと思います。

 フランキーも、自身がカトリック教信者ということもあり、尊厳死という家族の者でさえ決断しづらい選択を迫られ、苦悩します。

しかし、最終的に尊厳死を自らの手で実行してやり、法的にも宗教的にも罪を背負うことで、フランキーは己を犠牲にしてまでマギーの言うことを聞いてくれる彼女の「家族」…または「伴侶」という存在になったのだと思います。

そんな二人の切なくも成就された愛の物語の後にあるデンジャーのエピソードは、「ミリオンダラー・ベイビー」の希望ですね。

そしてラストの檸檬パイも。

良い映画でした。

 本当は第一回目の感想で「ミリオンダラー・ベイビー」のことを書きたかったんだよなあ。

実はこの映画がきっかけで、しばらく忘れていた映画の良さを思い出したから。

そしてそんな映画に対する気持ちをどこかに吐き出したくて、ブログを開き、映画感想を書くようになったから。

ただ思い入れが強いからか、書きたい事があり過ぎて、まとめることに時間を費やしちゃったけど。

今回やっと載せることができて、ああ、すっきり。